JA千葉厚生連 医師 中村常太郎
六病位による病態の認識
今回もまた、初めに漢方の理論に触れるので少し我慢して頂きたい。
疾病状態は生体の側の気血水の量(元々存在する量と生産される量の和)と、外乱因子の変化に伴い時々刻々と変動するという理念が六病位による疾病のステージ分類である。このような病態の流動性の認識は感染論において述べられていることと同様の概念であるが、漢方においては感染症に限らず、すべての病態の認識において普遍的にこの理念を動員する点が大きな特長である。
今までに記載してきた、気血水の認識や、陰陽、虚実などの病態の把握、即ち証の認識はこのように流動する生体の一断面を捕らえるものと位置づけられる。六病位の内容は疾病のステージを陽と陰に大別し、陽の群を太陽病期、少陽病期、陽明病期に分け、陰の群を太陰病期、少陰病期、厥除病期に分類する。
六病位の総論的概略を表に示す。
ここで六病位相互の転変について簡単に記しておくと、すべての疾病が太陽病から初まり、この順番通りの段階を経過するわけではなく、初発が時には太陰病や少陰病から初まる場合もあり、また太陽病から陽明病、あるいは太陰病または少陰病に移行することもあり得る。時には病態が複雑で二病期や三病期にまたがる場合も希には存在する。また治療が成功すれば、どのステージにあっても他のステージに移行することなく治癒することとなる。
約10年ぐらい前に遡るが、筆者にはちょっとした思い出がある。知り合いの米屋の主人から朝電話があった。そこのお嬢さんが、このたびある音楽大学のピアノ科を優秀な成績(一番)で卒業した。そのため全国の音大の卒業生のやはり選ばれた人達と(千葉県では彼女ともう1人、2人だけだったそうである)、新人の演奏会に出場することになり、それが明日だと言う。
ところが4日ぐらい前から、かなりひどい風邪を引いてしまった。最初に発熱したのは夜だったため、家は私の勤務先の病院の近くにあるのに、どうしてか市原市の急病センターに行き、当番の先生から投薬を受けてきた。
その後もその先生に診てもらっているが熱も下がらず、食欲が全く無くなってしまった。このままでは明日の演奏会どころではないので、何とかならないかというわけである。
私は病院に出勤するとすぐに私の部屋に連れて来させた。体温は39℃近くあり、わずかに咽喉痛はあるが、まだ咳は出ていない。食欲は全くなく、昨日の朝からほとんど水分しかとっていない。無理に食べると吐気があり、1回は吐いた。
既に5日目で、消化器症状を考えると太陽病期は過ぎているかと考えたが、無汗であること、項背部の凝りが明らかに認められるため、かなり迷った未に葛根湯だけで攻めてみることにした。
食欲不振等は抗菌剤や抗生剤によるものと考えた。葛根湯は麻薬揚などとともに、太陽病期、実証の薬方である。ツムラの葛根湯エキスの2回分(5グラム)を熱い湯で服用させた。医局秘書の女性に毛布と掛けぶとんを持ってきてもらい、院長室のソファーで少し様子を見ることにした。
30〜40分ぐらいして、身体全体がかなり暖かくなり、汗が出はじめた。1時間ぐらいそのままにした後、4時間ぐあらいしたらもう1度葛根湯を1包服用し、更に寝る前にもう1包服用するように指示して家に帰した。
必ずふとんを厚めにかけて汗を出すように念を押した。夜、私の方から電話で様子を尋ねた。言われた通りにしたところ、ぐっすりと睡眠がとれ、起きた途端に空腹を訴えた。お粥を1杯では足りずにお代りして食べたということであった。
具合が悪かったら明け方でも電話するように言ったが何の連絡もない。(演奏会の)夜、気になってこちらから電話した。家族が言うには、元気でうまく演奏ができ、そのまま友達と旅行に行ってしまったということだった。苦笑いしながらも、祝杯気分の晩酌であった。
|